ニュースより「柳宗理さん死去、96歳 工業デザイナーの草分け」
- 2011 12/26
日本のインダストリアル・デザイナーの草分けで、数多くの工業製品や家具のデザインを手掛けた柳宗理(やなぎ・そうり=本名・むねみち)さんが25日、死去した。96歳。
東京生まれ。父は民芸運動の創始者で哲学者の柳宗悦(むねよし)。東京美術学校(現東京芸術大)で油絵を学んだが、建築家のル・コルビュジエに影響を受け、デザインに志望を変更。卒業後、調査のため来日したコルビュジエの協力者で仏人デザイナーのシャルロット・ペリアンの助手を務めた。その後、坂倉準三建築事務所に入所し、第二次世界大戦後に工業デザインを始めた。
1952年、日本コロムビアのレコードプレーヤーで、毎日新聞社主催の第1回新日本工業デザインコンクール第1席入選。翌年、柳工業デザイン研究会を設立。57年にミラノ・トリエンナーレで鳥居に似た形の椅子「バタフライスツール」が金賞を獲得した。白磁を使用した食器をはじめ、家具や照明、オート三輪など幅広い製品をデザイン。合理的なモダニズムと伝統的な和の要素を融合させた「日常の美」を追求した。
柳宗理といえば、顧問が尊敬するプロダクトデザイナー。有名なバタフライスツールは、パリのルーブル美術館や、MoMA(ニューヨークの近代美術館)など世界各地の美術館に永久コレクションとして選定されている作品。
そのほかにもエレファントスツールや、食器などでも優れたデザインを生み出しています。
大学で木材工芸を専攻し、特に椅子をメインに制作していた自分としても、柳宗理のデザインから学ぶ部分は少なくありませんでした。
シンプルでいて機能的、そしてその中に光る美しさ。デザインとは引き算であり、余分な飾りを排していくことで研ぎ澄まされた美を表現することの重要性は、今もデザインなどの仕事をする上では心に留めています。
96歳、大往生ですね。偉大なデザイナーのご冥福をお祈りします。
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